ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

ウィズ・コロナ時代のセカンド・キャリア。〜NHK MUSIC SPECIAL 伝説的ミュージシャンの50年〜

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SKYE


いい番組をありがとうございました。

三連休の最後、ワインを飲みながらいい気持ちで拝見しました。

この手の番組を見た直後は、例によってランダムで感想を記すことにします。

 

 

○オンエア、地上波祝日18時から38分?

BSで2時間ぐらいでやれば良かったのに。

これは今年の紅白もSKYE+ユーミンの出演をNHKが考えていてその前パブ?

(前々回の桑田とのエンディングが話題となった「やさしさに包まれたなら」のとき、

バックが林+小原+鈴木+松任谷だったような。あ、武部さんとかもキーボードで

参加したか)

38分の放送枠に収まり切らなかった座談会の話を、

YouTubeか、NHKアーカイブで流してください。NHKさん!

 

 

○林氏スティック落としとタイトル『〜たい』の曲はヒットする。

数週間前、ほとんど放置状態の拙ブログのアクセス数が意味不明の上昇を見せました。

林立夫氏がドラムのスティックを落とし、タイトルに「〜たい」が付くと

その曲はヒットするとして、

1975年「あの日にかえりたい」、1981年「守ってあげたい」を例に記したことがあって、

その辺りの確認材料として使われたのでしょうか。うれしいです。

 

 

○「中央フリーウェイ」のミュージシャンとエンディングのコーラス

あのエンディングのコーラス、尾崎亜美さんだったんだ。

吉田美奈子さんだと思っていた。

この曲のリズムセクションは、マイク・ベアードDrums、リーランド・スカラーBaseで、

この頃ティン・パンの面々のスケジュールが忙しくて合わなかったそうですね。

私は、「あの日にかえりたい」でユーミンがブレイクして、

松任谷正隆氏がカネのこと考えず自分のやりたいミュージシャンにオファーできるように

なったから、このリズム・セクションになったと思っていた。

 

小原礼氏の関連性はアルバム『ひこうき雲』に一曲参加しているじゃなくて

番組で取り上げていたムッシュかまやつ氏がプロデュースした

ユーミンのデビュー・シングル「返事はいらない」のベーシストとして

紹介すべきだったと思う。キャラメル・ママに出会う以前にセッションしていた。

高橋幸宏ドラム、バズの東郷兄弟コーラスとともに。

 

 

尾崎亜美さんで思い出した小坂忠氏ライブのこと

2018年11月の東京国際フォーラムでのSONGS & FRIEND

小坂忠『ほうろう』コンサート。忠さんが病気で倒れたとき、

亜美さんが物凄い貢献をされたことはわかりました。

ただ、名曲「機関車」のサビのコーラスを亜美さんが担うのは違うんじゃないか

と思いました。当日は吉田美奈子さんも参加されていました。

サビの♪目がつぶれ〜

2000年のティンパン@NHKホールが、

2016年の小坂忠50周年記念ライブ@渋谷さくらホールが、

そうだったように、ここはオリジナルと同じ忠&美奈子のコーラスに涙したかった。

 

 

○SKYEのレコード会社は日本コロンビア

70歳のデビュー・アルバムを発売するレコード会社は、

ティン・パン・アレーのクラウンじゃないんだ。

ユーミンのユニバーサルでもないんだ。

いしだあゆみwithティン・パン・アレー『アワー・コネクション』が

コロンビアだったはず。

私、NHK朝ドラ『エール』以来、戦後〜はっぴいえんどの日本音楽史

興味が湧いております。老後の楽しみにしたいと思っています。

あと、私も70歳で、○○か○○○デビューしたいと思うことにします。

 

 

○コロナはBoogieで音楽に。「ISOLATION」

キャラメル・ママのライブ定番曲「キャラメル・ラグ」もBoogie Woogieだった。

この閉塞感をブギーに託す。わかる気がします。

「窓は開けておいて」林氏の詞もナルホドと思いました。

1984TOTOのアルバムも『ISOLATION』だった。

80年代半ば、米ソ冷戦が収束に向かい、プラザ合意は1986年、

どなたかTOTOとの関連で語っていただけないでしょうか。

ちなみに、私はTOTO『ISOLATION』は「隔離」でなく、

「孤立」と捉えていた。当時。

コロナと矢野顕子が、音楽の先生に思えた夜。

矢野顕子「さとがえるコンサート2020」に行った。

 

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コロナの第二波が収まりつつあった10月中旬に友人のコンサートを聴きに

ライブハウスに行ったが、ホールに行ったのはコロナ前以来だから本当に久々だ。

 

会場は渋谷NHKホール。座席は一つ空けて座るようになっていた。

私の席は、何と前から2列目!(Sさん、ありがとう!)

NHKホールでの私史上最前列は、1987年大貫妙子「A SLICE OF LIFEコンサート」の

前から6列目だから、33年ぶりの記録更新だ!

 

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今回、バックアップ・ミュージシャンは林立夫D、小原礼B、佐橋佳幸G。

オープニングの二曲が終わりブレイクに入った段階で、もう拍手が鳴り止まなかった。

好きな音楽家の生演奏を聴く、一寸前までは当たり前だったことが、

何か物凄く有り難く貴重なものに感じられて、私も拍手しつづけた。

矢野さんも感極まった様子だった。

 

80年代の名曲を数多く演奏してくれた。

「ふり向けばカエル」とか、バンド編成で聴くのは初めてだった。

「春咲小紅」も、私はライヴで聴くのは初めてだった。

 

矢野顕子ライヴ20回以上は行っていると思うが、

私が行った1987年から2015年ぐらいは、「春咲小紅」をバンド編成で歌うのはまず

有り得ないことだった。一緒に行ったSさんによると、最近は良く演っているそうだが…。

 

やはり久々にライヴで聴いた「また会おね」含め、

(1999年、大村憲司トリビュートコンサートでの演奏が私にとって印象的)

YMOテイスト全開の楽曲「春咲小紅」「また会おね」を

高橋幸宏でなく林立夫ドラムで聴けたのは、格別の趣きがあった。

YMO、初期の構想では林立夫ドラムだったはず)

 

山下達郎「PAPER DOLL」のカヴァーは、この4人ならではのカッコ良さ!

津軽海峡冬景色」のカヴァーも聴けて、異次元の味わいがあったが、

私はこれを好きとは言わない。この曲を取り上げる必然性を感じない。

あっ、矢野さんは幼少期、青森県で過ごされたのか?

 

「ラーメン食べたい」「ごはんができたよ」、

80年代のこの曲が発表された当時、曲はテクノでカッコ良かったのに、

背伸びも何にもしていない、日常的な詞の世界がとにかく私は苦手だったっけ。

 

イッセイミヤケとかヨージヤマモトを着て、

こんな庶民感覚丸出しの歌を唄われても、

ウソっぽいと思った。

これをありがたがる“ヘンタイよいこ”“宝島〜ビックリハウス”的価値観が

とにかくキライだった。

昼にのり弁当を食べるワンレンのハウスマヌカンのようなアンバランスさを感じた。

 

AORフュージョンユーミンタツローを聴きながら、

湘南をクルマで走るPOPEYE少年やJJ(ついに実質休刊!)ガールのほうが、

まだ健康的で正直だと思った。

 

わかるようになったのは90年代コピーライターになってからだった。

演奏を聴きながら、そんなことを懐かしく思い出した。

 

本編最後「ひとつだけ」、

アンコール最後「GREENFIELDS」、

ありがとう! 大好きな曲! 

今日は演奏されなかったが、これにデビューアルバム収録「電話線」を加えた三曲が、

今も変わらぬ、そして私にとって永遠の矢野顕子ベスト3 SONGSだ!

 

マスクをしていたし、前後左右空席なので、曲に併せて大きめの声で歌った!

(カラオケも、コロナが始まって以来行けてないな)

ライヴが終わったとき、マスクの上部が涙で濡れていた。

 

音楽を奏でること、

歌を唄うこと、

それを生で聴くこと、

人間にとって、太古の昔から続いてきた、大切な行為なんだよな。

 

そんなことを改めて感じさせてくれた

名うての音楽家たちの演奏と、矢野顕子の歌唱だった。

 

深海の街に、あるホテル。

12月1日、ユーミンの新譜が発売された。

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私が会社勤めでない立場で新譜を聴くのは、1987年『ダイヤモンドダストが消えぬ間に』以来だから、33年ぶりか。

時間に余裕があるので、テレビ、ラジオ、ウェブでのプロモーションでの映像や発言含め堪能している。

時代とともにプロモーションする媒体も変化している。雑誌の地位が低下したなという印象。発売日を待って、本人によるアルバム全曲解説がウェブで公開された。

ひと昔前だと、全曲解説が文字で読めるのは雑誌やレコード店頭での販促物だった。私はとにかくこの本人による楽曲解説が楽しみだった。

テレビによく出ているなという印象があるが、テレビはもはやマスメディアでなくクラスメディアとなっていると思う。どの番組も視聴率10%超えれば御の字のような状況。

発売日の夜9時から、ユーミン初のインスタライブが行われた。

時間にして30分ほど。ライブで歌うのでなくトーク。アルバムジャケットの撮影に使われた潜水具が展示されたレコード店からの中継、視聴者からの生の声や質問に答えていく内容だった。

発売日当日、ユーミンは近所の公園をウォーキングし、そのまま遊歩道のようなところを散歩したそうだ。その遊歩道は、何と私の家から数メートル。

「そうか? あの時間、私もあの用事を済ますため家を出れば、すれ違っていたのかも知れないな」と思ったりした。私にとって、ものすごく吉兆な気がした。今、ある事を希求しているのだが、私が家で仕事していた数メートル先をユーミンが歩いたということは、それだけでプラスの波動を浴びたような気がした。

お茶しようとしてリュックの中に財布を入れていなくて諦めたという、ロフトのようなカフェってどこ? 地元に住んでいてわからない。どなたかご教示ください。

 

さて、アルバムは『サーフ&スノウ』Volume2を意識して当初作り出したそうだ。実際にジャケットで男女がキスするビジュアルは、シーンが深海に変わっているだけで、アングルやポーズを似せている。

新譜をひと通り聴いて、内容に関しては『サーフ&スノウ』Volume2というより、同じ1980年に発売されたこの前作『時のないホテル』Volume2という印象を私は抱いた。

『時のないホテル』もアルバムのテーマを掘り下げ、トータルなイメージを直接的に形作ったのは、次の4曲。

1曲目「セシルの週末」

2曲目「時のないホテル」

3曲目「MISS LONELY」

終曲「コンパートメント」

新作『深海の街』は次の4曲か。

1曲目「1920」

2曲目「ノートルダム

10曲目「REBORN〜太陽よ止まって」

終曲「深海の街」

もちろん「Good! Morining」などタイアップで先に発表された曲も詞を書き改めたり、「散りてなお」や「あなたと 私と」等壮大なラブソングが、アルバムに深遠さを付加している。

『時のないホテル』も、観音崎の歩道橋に立ってドアの凹んだ白いセリカ国道16号をドライブした日を想う、80年代突入時点での妙齢女性心理を描いた「よそゆき顔で」や、当時の若者風俗を描きつつもアガサ・クリスティの映画でダスティン・ホフマンが自分より背の高い女性と踊るシーンにも通じる「5cmの向こう岸」など、趣きある曲がアルバムの間口を広げ、味わいを加えている。

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1980年当時ユーミン はセールス低迷期だった。翌81年「守ってあげたい」で第二次ブームとなり、以後80年代後半〜90年代初頭CDプレーヤーの普及と団塊ジュニアの購買層突入によるメガ・セールス時代まで、セールス面での上り調子が続く。

この『時のないホテル』発売時、雑誌『ミュージック・マガジン』ではレコード評で1ページ割かれることもなく、巻末ページの一言レビューのような扱いだった。

そのレビューが「ユーミン、『ホテル・カルフォルニア』は超えられなかったね」というようなものだったと思う。

「比較対象が違うだろ! 比べるならイーグルスじゃなく、プロコル・ハルム『グランド・ホテル』だ!」

と、私は思ったものだ。あれは確か発売から10年ほど経った1990年の春先かな。下北沢の古本屋で『ミュージック・マガジン』のこの号を見つけ読んだ気がする(そう言えば、あの時も会社勤めをしていなかったな)。

 

80年代、時代は変わり、音楽も変わった。

経済は二度のオイルショックを乗り越えつつある時。ソ連がアフガンに侵攻し、1980年のモスクワでの五輪は米国や日本など西側諸国がボイコット。

遠い半島の国では第何次かの戦争が…。

キナ臭い空気は漂っていた。

音楽はクロスオーバー〜フュージョンがピークを迎え、テクノが世界を席巻し、AORが都市を彩った。

私にとってはとにかく音楽、YMO大滝詠一山下達郎松田聖子らのヒットにより、はっぴいえんどティン・パン・アレー系統の音楽家の偉大さに気づかされた。進路選択や人生に多大な影響を受けた。

あれから40年経った20年代、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナ。また時代は変わり、音楽も変わるのだろう。

新譜『深海の街』、ユーミンの詞がまた新境地を開拓している気がする。

シンプルな言葉が、深い意味をまとっている。

 

かならずわかる ふり返れば 何を追いかけたか (「1920」)

歩きだそう 歩いてゆこう 歩きだそう (「ノートルダム」)

あなたに会いに行く (「雪の道しるべ」)

未来にいちばん近い一日が始まる (「Good! Morining」)

 

50代後半になった私も新たな地平を求め、歩きつづける。

ときめきの産地。あこがれの聖地。『音響ハウス Melody-Go-Round』

映画『音響ハウス Melody-Go-Round』観る。

 

感動しないわけがなかった。オープニングから涙腺が緩んだ。

朝10時から映画を観て、いきなり涙が流れるという行為に体が違和感を醸す。

朝10時、平日は仕事をする。休日は走る。それ以外の行為、

特に感情が昂ってしまうことに体が慣れていないようだ。

 

この映画のために「Melody-Go-Round」なる楽曲をつくって

大貫妙子・作詞、佐橋佳幸・作曲)、楽曲がどうレコーディングされ

かたちになってていくかを時系列にドキュメントしつつ、

音響ハウス所縁のミュージシャンや楽曲や関係者のコメントを挟んでいく構成。

この構成を真似て、感想を記していってみようか。

思ったことをランダムにつぶやきながら、全体の流れができればうれしい。

  

・まず、この楽曲を歌った13歳の女性シンガーHANAの起用。スバラシイ!

 マニアや経験者の懐古ではない、ベクトルが未来に向いている!

 

・楽曲が作られていく過程や裏側を時系列で見られたのがウレシイ!

 ライヴで楽曲を聴くのでなく、楽曲ができ上がるまでをライヴで追えるのは貴重。

 

大貫妙子の「音楽」をテーマにした詞、サスガ!

 「音楽」テーマの詞は、

 シュガー・ベイブ「すてきなメロディー」(作詞:伊藤銀次/大貫妙子/山下達郎

 山下達郎「MUSIC BOOK」(作詞:吉田美奈子

 吉田美奈子「音楽の言葉」(作詩:吉田美奈子

 等あるけれど、それらに勝るとも劣らぬ出来栄え!

 

ユーミンは1978年『紅雀』から86年『アラーム・ア・ラ・モード』まで

 音響ハウス使用。この、結婚後セールス低下→年2枚アルバム制作→

 「守ってあげたい」第二次ブーム→87年『ダイアモンドダスト〜』以降の

 ミリオンセールス時代突入までの約10年間が、私にとっても思い入れが強い時期。

 

・というようなことを、このブログでも以前記したような…。

 検索したら出てきた。もう12〜13年前か。

 https://tinpan1973.hatenadiary.org/entry/20070128

 https://tinpan1973.hatenadiary.org/entry/20080314

 

・そうなんだよな。仕事で何度か音響ハウスは訪れたが、

 スタジオに着くと入口の案内板で、自分が行く部屋の確認はもちろん、

 他にどんなアーティストがどのスタジオを使用しているか?

 胸ときめかせチェックしたものだ。

 

・とにかく、“きちんとしている”“まちがいがない”スタジオという印象です。

 私が広告の仕事で使用させていただくときの「音響ハウス」のイメージは。

 だからこの映画のオープニング、遠藤氏の毎日の通勤と日々のルーティンで

 始まるのも、とっても“らしい”と思った。

 

・「音響ハウス」、今でもマガジンハウス系列の会社ですよね?

 雑誌に、音楽に…、仕事でも。私の人間形成に多大な影響を受けました。

 こんど銀座のあちら方面に行く機会があったら、

 久々に聖地巡礼して来ようと思います。

 

 

音楽にはさまざまな側面があって、

レコーディング・スタジオという面から音楽を見つめ描いた

上質なクリエイティブに触れて、

ときめいた・ワクワクした気持ちになりました。

 

これまでも、このスタジオで生まれた音楽に、思春期以降

さまざまなときめきやワクワクを与えていただきましたが、

今日この映画を観て改めて、

これからを生きる私の背中を押していただいた、活力をいただいた気分です。

 

私、ここ数ヶ月、数十年ぶりに時間的余裕のある日々を過ごしています。

せっかくなので、音楽のある一面を切り取って、自分らしい、

今までありそうでなかったアウトプットができないか?

トライしてみました。結果が出るまでもう少し。皆さんに良いご報告ができると

いいなと思っています。あまり期待せずにお待ちください。

 

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佳きドラマ 佳き音楽を 使ふ秋

この秋は、TVドラマをよく観ている。

 

一つは日曜夜NHK-BS『一億円のさようなら』。

一男一女を持つ五十代夫婦、子どもの教育費や住宅ローンに追われる日々。

実は妻には四十何億円もの遺産があり…。

脚本も素晴らしいが、原作も素晴らしいんだろうなと思った。

TVドラマとは異なるストーリーらしいが…。

白石一文、初の親子二代の直木賞作家の作品か。弟も作家か。

こんど図書館で借りて読んでみよう。

きっと順番待ちだと思うが、今読みたい本が溜まっているので丁度いいだろう。

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もう一つは月曜夜テレビ東京『共演NG』。

主演含め四組もの共演NG俳優が共演する設定のドラマ。

企画・秋元康らしさが出ている。サントリーとキリン、CMスポンサーも、

普通は同業のため同時提供はあり得ないが、こちらも共演している。

表記順がサントリー→キリンの順番になっている。

五十音順でもアルファベット順でもキリン→サントリーだが、

逆なのは金額多少の順かな?

(知人曰く一週間ごとに表記順が変わるらしい)

今日のドラマ内で缶コーヒーを飲むシーンが二度ほどあったが、

あれはどちらのメーカーのものだったろう?

(こちらも一回ずつ分け合っていたりして)

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このドラマ、どちらも音楽が素晴らしい。

 

『一億円のさようなら』、劇中ピアノだけでシーンを彩る曲が二曲あると思うのだが、

どちらも印象的で、エンディングに流れるテーマ曲と併せ

タダモノじゃないと思ったが、案の定FOX CAPTURE PLANだった。

そう言えば2017年のTVドラマ『カルテット』も、音楽がイイと思ったら、

FOX CAPTURE PLANだった。

FOX CAPTURE PLAN、2016年『東京JAZZ』のテレビ放送を観て好きになった。

ライヴに行きたいとずっと思っていて、でもスタンディングは嫌だったのと忙しかったのとで、2018年ブルーノートでやったときようやく生で聴くことができた。

 

『共演NG』はオープニングで流れるテーマ・ソングの声を聴いた途端、

「あ、キリンジだ!」と思った。「キリンジ」は兄弟グループ時代の呼称で、

兄の堀込高樹が引き継いだ今の呼称は「KIRINJI」と表記するらしい。

とにかく、この声。いい声だと思う。劇中音楽も担当しているそうで、

そこかしこでKIRINJIらしさがあふれていると思う。

キリンジ、このブログを始めて、ブログで知り合った人たちがリコメンドしていて、

好きになって、2006~2010年ごろよく聴いた。

「雨を見くびるな」「Lullaby」「ダンボールの宮殿」「千年紀末に降る雪は」…。今でもたまに聴く。

 

イイなと思うTVドラマは、タダモノじゃない音楽を使っている。

主題歌も劇中音楽もトータルで任せているのがイイ。

主演スターや有力事務所やレコード会社のゴリ推しタイアップが主題歌だったりすると、それだけでドラマ総体のクオリティが下がってしまうと思う。

 

そう言えば、ユーミンも、この秋、映画にTVドラマに主題歌を書き下ろしていて、

山下達郎も、ここ数年「ナミヤ雑貨店〜」とか「レシピ」とか相変わらずのペースで提供している。

 

主題歌タイアップは、ドラマsideやスポンサーsideから相当厳しいチェックは入ると思うが、詞のモチーフや曲のイメージを規定されるという点で、

キャリアの長いアーティストにとっては曲づくりにプラスの面が大きい気がする。

(露出効果ももちろん)

 

この辺り、改めてじっくり書いてみたい。

今、多少時間があるのと、ある意図があって、しばらくはコンスタントにブログを更新しようと思っているので、ある方面の方々、ご期待ください。

 

 

 

ボージョレ・朝ドラ・薬師丸ひろ子

昨日だったかNHKニュースで「ボージョレ・ヌーボー」を取り上げていた。

字幕はチェックしなかったが、アナウンサーは「ボジョレー」でなく

原音に忠実に「ボージョレ」と発していた。

 

一方、昨夜フジテレビのニュースを見ていたら、

若い男性アナウンサーは相変わらず「ボジョレー」と発した。

字幕には音引き無しで「ボジョレ・ヌーボー」と記されていた(はず)。

 

広告代理店に勤務していたとき、テレビやラジオのCMで

発する言葉のイントネーションはNHKを参考にした。

録音/編集スタジオにNHKイントネーション・ブック(名称忘れた)なる

書籍が置いてあったりした。

 

ボージョレ・ヌーボー」解禁、今もニュースになるんだな?

15年ぐらい前から数年間、NHKで解禁のニュースが流れたとき使われた映像は、

私がよく通った西麻布のワイン・バー(今はもう無い)で撮影されたものだった。

その店にはNHKの方もよくいらしていて、当時四十歳を過ぎたばかりで生意気だった私は

「『ボジョレー・ヌーボー』って何か軽薄な響き。原語に近い

 『ボージョレ・ヌーボー』って言うべきだし記すべきでは?」

と話したりしていた。そんな想いが届いたりしたのだろうか?

 

(そういえば「ヌーボー」も「ヌーボ」のほうが原語に忠実かも知れないですね)

 

NHKと言えば、朝ドラ! 先週の月曜日だったか戦争で焼けた自宅で、

薬師丸ひろ子が賛美歌を3分ぐらい歌い続けたシーン!

素晴らしかった! 永久保存だ! 間違いなく朝ドラ史上に残る名シーンだと思う。

ネット情報によると、脚本は当初違っていて、

歌い続けるのは薬師丸さんご本人からの提案だったようだ。

 

薬師丸ひろ子、ほぼ同年代(私は一学年上)のスターが、

若いときと異なる輝きを放つ姿を見るのはうれしい。自分もがんばろうと思う。

 

久々に彼女のアルバム『シンシアリー・ユアーズ』が聴きたくなった。

CD箱の奥深くに仕舞い込んであるので、週末掃除のついでに探そう。

? 

ふと思い立ってAmazon musicを検索したところ…、

あるんですね! 『シンシアリー・ユアーズ』! うれしい!

1988年発売のアルバム。吉田美奈子が2曲提供していて、詩・曲だけでなく

アレンジもコーラスも手がけていて、その点でも当時貴重だった。

ちょうど吉田美奈子本人の新譜の発売が途絶えていた時だったので。

 

というわけで今、久々に聴きながらこれを書いています。

 

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強かさと温かさと~山下達郎withコロナ~

山下達郎ライブの動画配信が昨夜、行われたそうで、

友人、知人、ネットでの評判はすごぶる良好のようだ。

 

私は事前にざっと内容を調べ、今回は見送ることにした。

最後のオマケ、1986年「So much in love」と「プラスチック・ラブ」は

想像していなかったので(甘かった)、ちょっと後悔しているが…。

 

今回見逃し配信は無し。

映画館や家庭でライブ映像を観ることはできても、

パッケージ化し発売して「いつでも、どこでも」は絶対にしない。

一期一会のライヴの根源的価値は損なわない範囲内で、

音質や安全に最大限配慮してライブの魅力を発信する様は、

アルチザンとしてはもちろん、ビジネスマンとしても秀でている。

 

1980年「ライド・オン・タイム」でのブレイク以来、

40年、第一線に鎮座しつづける山下達郎氏。

ビジネスマンとして相当したたかだなと、ここ30年ぐらい

ずっと私は思っていた。

 

これは褒め言葉でもあり、ユーミンにせよ、タツローにせよ、

前例のない生き方をしているわけで、

服部良一さんや、今の朝ドラの主人公とは、やっぱり違うと思う)

思春期に好きで始めた音楽を職業にして、

生活に、人生に、どう位置づけて行くかは、

我々ファンが思う以上に切実な問題であることだろう。

 

一方で…、ここ数ヶ月、

コロナがあり、radicoもあって、私は

「サンデー・ソング・ブック」をほぼ欠かさず聴いている。

90年代は良く聴いたが、00年代、10年代と時代が進むにすれ疎遠になっていた。

 

コロナのせいで、やはり家にいる時間が増えたのが大きいだろう。

こうした時の達郎さんのコメント、

それからファンから寄せられるメッセージ、

すべてが温かい。心に沁みる。

前例のない事態に直面し不安な気持ちと、

ニュースやワイドショーでおかしくなりそうな気持ちを鎮めてくれる。

 

名曲「蒼茫」の世界。

”普通であることの偉大さ”

”市井の素晴らしさ”

を感じ、気持ちのバランスが取れる。明日へのエネルギーになる。

 

ずっと自らのライブ音源も流してくれた。

蔵出しモノもたくさん…。

 

①人を慮る気持が、人並外れて大きいのだろう。

②自分はどう生き、何をすべきか、を考えた絶対量が人に比べて多いのだろう。

 

以上、

楽家としての力量以外に、

山下達郎山下達郎であり続けられる理由。

 

ようやく梅雨明けが見えてきた日に、

コロナがまた凄い数字を示しそうな日に、

私が考えたこと。

 

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