ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

タイトルの美。

tinpan19732006-10-11

数日前にスガシカオさんと桐野夏生さんの
作品タイトルのシンプルさについて書いた。


『PARADE』『SMILE』…、
『グロテスク』『ダーク』…。
英単語ひとつに委ねる気持ちもわかるが、
ちょっともったいないというか、
意図や意志をひとつの単語で伝えるのは、
極めて難しいと思う。


で、松任谷由実1979年12月発売のアルバム『悲しいほどお天気』。
タイトルがもう詩になっている。


ネーミングに濁音があると人間の記憶に残りやすいそうだ。
一番搾り」「バザールでござーる」等を例に90年代初頭に学習した。
このアルバム・タイトル、コピーライター心を刺激するらしく、
やはり90年代前半、アソビごころとインパクトで世の注目を集めていた
某広告のキャッチ・コピーを、この「悲しいほどお天気」にすべく、
権利関係の許諾を得ていたらしい。結局は、ノン・キャッチで
ビジュアルのみの広告として世に出たのだが。


このアルバムは、収録曲のタイトルを列挙するだけでも楽しめる。
英語のタイトルも付いている。それが単純な英訳でなくて、意訳というか、
曲の世界観を表現するもうひとつのツールとして機能している。


A1 ジャコビニ彗星の日 -THE STORY OF GIACOBINTS COMET-
A2 影になって -WE’RE ALL FREE-
A3 緑の町に舞い降りて –ODE OF MORIOKA-
A4 DESTINY
A5 丘の上の光 –SILHOUETTES-

B1 悲しいほどお天気 –THE GALLERY IN MY HEART-
B2 気ままな朝帰り –AS I’M ALONE-
B3 水平線にグレナディン –HORIZON & GRENADINE-
B4 78
B5 さまよいの果て波は寄せる –THE OCEAN AND I-


A1は、ジャコビニ流星群が日本に接近した1972年10月9日の物語。
喪失する恋愛を接近する流星に重ねて描いた渋谷陽一氏絶賛の作品。
A2のタイトルの日本語と英語の距離感を見よ。
A3は盛岡のご当地ソング。MORIOKAという響きがロシア語みたい
という感受性は独特のものだと思う。やはり。
A4は、唯一の日本語=英語タイトル。その後、ユーミンのコンサートの
アンコール定番曲となった快作。
A5の五月の夕暮れの移ろう光や色を印象派の絵のように捉えてしまう力。
B1を聴けば、このタイトルの意味がわかる。絵、音楽、文章…。描くことを
志したものの諸事情により離れてしまった人間にはグッとくる曲だと思う。
B2は、女の自立、キャリア・ウーマン、翔んでる女…等の言葉が登場しだした
70年代終わりを象徴する曲。B3の風景の捉え方・描き方も見事。
B4の数の意味は、タロット・カードの数。B5のスケール感、無常観…。


70年代の終わり、「あの日に帰りたい」の第一次ブームと
「守ってあげた」の第二次ブーム(両方「〜たい」ですな。タイトルが)
の狭間。セールス低迷期に、こんな上質な作品を生み出している。しかも、
この頃(78〜80年)は一年に二枚オリジナル・アルバム発売という多作さ。


ユーミンでベストな一枚を挙げろと言われれば、
『悲しいほどお天気』と答えることにしている。