ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

「DARK CRYSTAL」が開けた扉。

イメージ 1

90年代突入を目前にした1989年、ティン・パン系のアーティストが、
個性あふれる快作を届けてくれた。新しい時代の扉を開けてくれた。
そんな快作たちをしばらくご紹介します。まずは、吉田美奈子さん「DARK CRYSTAL」。

「in motion」以来6年ぶり、自主制作「Bells」を入れても3年ぶり。
新しいアルバムが聴けるだけでもうれしかったが、2005年の今振り返ると
コンピュータを使用したデジタル・レコーディングの新たな方法論を提示した
という点でも「新しい」と思う。

80年代後半からレコーディング技術はアナログからデジタルへ移行。
山下達郎さんは「ポケット・ミュージック」(86年)「僕の中の少年」(88年)で、
デジタルを導入しつつも思うような音が作れず試行錯誤した印象を受ける。
大貫妙子さんは“コンピュータ拒否”の姿勢。「Slice of Life」(87年)では
多くが4リズム(高橋D・小原B・大村G・佐藤K)のバンド・サウンド
「プリッシマ」(88年)ではアコースティックなアプローチを試みた。
松任谷由実さんは、シンクラヴィアを使用。「ダイヤモンドダストが消えぬまに」(87年)から
「LOVE WARS」(89年)あたりの音は、今聴くとデジタル移行期のつたなさを感じる。

そんな中、登場した、美奈子さんの新作。
「テクノロジーが、今このレベルなら、変に力まず、それでできることをやればいい」
といったナチュラルさを感じる。
あとは、その圧倒的なヴォーカル・パワーがデジタルの未熟ささえ覆い隠してしまう印象。

たとえば、1曲目「STARBOW」。静かな鐘の音で幕が開く。が、すぐに
Art of Noise“FLOWER OF ROMANCE”を思わせる怒濤のドラム・ビートが鳴り響く。
次の瞬間、その音に負けない多重コーラスが被さる。
パーカッシヴなサウンドに劣らぬメカニカルなヴォーカル。
ドビュシーかラヴェルを思わせる、アヴァンギャルドな器楽曲に聴こえる。

2曲目「GIFTED」は、ワシントンGO GOビートに
清水靖晃氏アレンジによるブラスの音が絡む。しかし、絶対的に耳に残るのは、
美奈子さんの見事な一人多重コーラス。

7曲目「凪」のスネアの音などは、この時代特有のチープさだと思うが、
ここでも巧みなコーラス・ワークがサウンドに奥行きを与え、
ミディアム・スローのgrooveを醸す。
最後の7分超の曲「December Rain」など、矢野誠氏のピアノと美奈子さんの歌だけで
問答無用、オーティエンスを寄り切ってしまう。

「デジタルだ打ち込みだと、時代ごとに道具は変わっても、
 ファンクだバラードだと、楽曲ごとに衣装が変わっても、
 吉田美奈子吉田美奈子!」
「ヴォーカル・アルバムにとって、メイン・ヴォーカル以外の音はすべてサウンド・エフェクト」
久々に美奈子さんのアルバムが聴けて嬉しかった。
と同時に、音楽家としての揺るぎない、潔い、意志のようなものを感じたアルバムだった。

※このアルバムの音を聴くまでの顛末(当初2月予定が、消費税導入後の4月に発売日変更)は、
 後日また改めて。