ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

聴くサカモト。読むサカモト。

tinpan19732009-03-17

連休中に東京国際フォーラムで行われる
坂本龍一コンサートに行けることになった。


お彼岸で法事があるため難しいかなと思っていたが、
何とかスケジュールを調整できた。久々の教授のライヴ、
誘っていただいた友人には唯々感謝である。


ライヴ参戦を控え、新譜をAmazonに注文した。
教授がセレクトしたグレン・グールドの作品集もいっしょに。
グレン・グールドは翌日届くが、新譜の発送は21日予定とのこと。
あれ?ライヴに間に合わない。


教授の新譜を購入するのはいつ以来だろう?
ヴァージンからフォーライフに移籍してからの2枚
『Sweet Revenge』『SMOOCHY』は覚えている。
その後のワーナー時代は、純粋の新譜は購入していないような…。
赤・青・黄のベスト盤が出て、黄色のCM音楽集だったかは買って、
当時MDでよく自分で聴くためのコンピレーションを作っていたのだが、
その数分の空きをよくこのアルバムからの曲で埋めた覚えがある。
山下達郎氏や大滝詠一氏のCM集にも
 同様の目的で良くお世話になったものだ。
 カセット〜MD時代の、今じゃもう懐かしい行為)


新譜は購入しなくても、
発売時にプロモーションで登場する雑誌はよく読んだ。
90年代後半以降、私にとって教授は
聴く対象でなく、読む対象になったような気がする。
80年代から教授は、雑誌メディアの中で独特の輝きを放っていた。
音楽誌に限らず、『宝島』『広告批評』などのサブ・カルチャー系から、
マガジンハウス系、さらには見城徹氏とのつながりによる角川書店系まで。
雑誌メディアにとって、
60年代の三島由紀夫、70年代の村上龍、80年代の糸井重里坂本龍一
は、斬新なページを作るのに欠かせないPOPスターだったと思う。


楽家として、雑誌の記事に最も登場した人物は、
男性なら坂本龍一、女性なら松任谷由実ではないか?
大宅壮一文庫でそんな統計を取っていないかな。
きっと圧倒的なページ数だと思う。


雑誌での発言を通じて、教授からは音楽はもちろん、
文学やらアートや哲学や思想…を教わった気がする。
米国に移住された90年代の、とくに半ば以降は、
政治的な発言が目立つようになった。
日本と米国の報道の違い等、比較文化論のようなことも感じたり…。
そして00年代になってからは、何といってもエコロジーだろう。


ある面理解できるし賛同もしたい。
でも少し距離を置きたい。それは…、
視力が弱くなって、あれほど大好きだった雑誌を読むという行為から
最近距離を置きだしたからだ。と、思うことにしよう。
(ホントに目が悪くなって、
 『BRUTUS』の普通のページの本文を読むのがツライ!)


昨日、久々に雑誌『サウンド&レコーディング マガジン』を買った。
教授と小坂忠さんの新譜の記事が充実していたから…。
音源はライヴに間に合わないから、せめて雑誌記事で新作の内容と、
教授の現在を予習しておこうと思う。