ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

稲の国の人が書いた、麦の国の人たちの百年前の青春。

tinpan19732008-05-31

これを名作というのだろうと思った。
佐藤亜紀ミノタウロス』。
2007年『本の雑誌』年間第1位、
第29回吉川英治文学新人賞の二冠達成。
帯の後ろでは、選考委員の浅田次郎氏が、伊集院静氏が、宮部みゆき氏が、
揃って絶賛している。


20世紀初頭のロシア、ウクライナ地区が舞台。
第一次世界大戦ロシア革命、それに農奴といった
歴史の教科書でしか知らなかった出来事や言葉たちが、
筆者の筆力でリアリティをもって迫ってくる。


「革命」なんて後々の人間が意味づけや評価を行うものであって、
渦中の人間はとにかく「生きる」ことに精一杯なのだなと思った。
高邁な思想なんて建前で、自分がもっといい生活をしたいから、
いいモノ食べて、いいオンナはべらせて、カネ貯めて…、
極めてわかりやすい人間の欲求から、その絶対量の大小により、
「革命」という価値の逆転はもたらされるんじゃないかと思った。


主人公の少年が生まれる前、父がこのウクライナの穀倉地帯に住み着き、
母と出会い子をもうけ、そして少年が青年になるまでの物語。
登場人物も当然多くなり、しかもカタカナ、さらにそれがロシア語っぽい
日本には馴染みのない音…。ということで、
「あれシチュルパートフって、父を裏切ったヤツだっけ?」
「飛行機を操縦できるのは、ウルリヒだっけ? 
こいつがドイツのボンボンだっけ?」
とキャラクターと固有名詞の不一致がまれに起こる。
集中して一気にというより、往復の通勤電車で細々と読み重ねるしかない
という状況では、特に。
推理小説によくある登場人物と略歴がひと目でわかるページがあると
わかりやすい、いやそんなメモを自分で作り傍らに忍ばせ読むと
よりわかりやすいと思った。


とはいえ、登場人物が3人ぐらいの、時間にして3日ぐらいの
若手作家の物語が、○○賞受賞!、エポック・メイキングと持てはやされ、
読んでみるとその話の小ささにまず絶句して、
人物の内面の描き方が画一的で自閉症的で、読んでいてツラくなる
「時間を返せ!」と言いたくなるような小説が多いなか、
この『ミノタウロス』のスケールとそこに描かれる人間像は、
大きくて、リアルで、深くて、ワクワクして、楽しかった。オモシロかった。


これを映像化できたらスゴイのになぁ。
21世紀の『青い麦』になる?
ところで、ウクライナの穀倉地帯も、6月から7月は「麦秋」のごとき
黄金色になるのだろうか?


♪さよならキエフは緑の6月〜
大貫妙子「ふたり」(1980年『Romantique』収録)
♪MORIOKAというその響きがロシア語みたいだった〜
松任谷由実「緑の町に舞い降りて」(1979年『悲しいほどお天気』収録)
これらの楽曲の影響からか、ロシアの6月の「緑」に、
かなり勝手な思い入れをしていたのだが、
(緯度から考えるに、落葉広葉樹より常緑針葉樹が多いはず。
 どんな「緑」が巷に溢れるのだろう?とか)
実は辺り一面、小麦の黄金色一色になるなんてこともありえるのでは?
と思ったりした。