ティン・パン・アレーのSIDEWAYS

季節が流れていく。音楽が聴こえてくる。

2007年のYMOにノレない理由。

tinpan19732007-02-04

CMのオンエアも始まったらしい。
(当然見ていない)。
なぜ? なぜか?
週末を利用して整理してみよう。


今の、この、キリン・ラガーのCM起用に伴う、
YMOを巡る動きに、今ひとつネガティブな思いを抱いてしまう理由を。


①必然性を感じないから。
前回1993年の“再生”は、1983年の“散開”から10年という節目だった。
こじつけでも、無理やりでも、必然性を感じた。
それから、音楽が先にあった。
今回のようなCMの中だけの再結成というかたちでなく、あくまで
アルバムが先だった。オンワードとか広告は後から付いてきた。


②音楽を聴かなかったから。
私は「BGM」で聴かなくなった人間です。81年は、大滝さん「A LONG VACATION
のほうをよっぽど愛聴しました。YMOは音楽そのものよりも、
周辺カルチャーのほうに影響を受けました(「〜のほう」「〜のほう」ってイヤだな)。
糸井重里氏、奥村靫正氏、立花ハジメ氏…。この方たちの名前を知ったのは
YMOのおかげです。


③当事者になれなかったから。
93年“再生”のとき、私は広告の世界に入りたてで、
「よし次に何かあるときは、そのムーブメントに関わっていたい!」
と思ったものでした。“2001年ティン・パン・アレー”(ナイアガラでなく)
を密かな目標に掲げていたのですが、私とは無関係に
2000年にTin Panというかたちでアルバムが出てコンサートが行われ、
またも私は傍観者。う〜ん。こうなったら、あの願いだけは…。
思いの強さ、心の美しさ。思いや願いは口にしないとダメですね。やっぱり。


最後に、キリンさんに、あの代理店に、それからスタッフの方々に
せめてものお願いです。
●78.2.19、ホソノさん宅で三人でおにぎりを食べて、YMOは誕生した
(と云われている)。伝説の2月19日は、何かをしてくださいね。
●同様に、今年7月、ホソノさんが還暦を迎えられる日には、
 何かをしてくださいね。


以上