暮れなずむころ、あの町へ。
まだ暗くなり切らない時間に、
下り電車に乗った。乗り合わせた人びとが
皆、新入学生や新入社員に見える。
この春に訪れたであろう
大なり小なりの変化が、
適度の緊張感を与えている感じがする。
ネイビーやダーク・グレーの服の率が高い。
始まったばかりのプロ野球で、
好調なあの選手の打率と同じくらいだと思う。
ある駅で降り、川に向かい歩く。
生温い風、瞬き出す家々の灯り。
♪川向うの町から宵闇が来る 煙突も家並も切り絵になって
高度成長期から30年以上経っているのに、
今だにあの頃の工業地帯の面影が漂う町。
工場や煙突が立ち並ぶ海沿いのエリアからは、
どうみても10kmは上流のはずなのに。
♪哀しいほど紅く夕陽は熟れていく 私だけが変わりみんなそのまま
自分以外のすべてが変わり、自分だけが変わらないと思う日が、
とくに春先だと多いけれど、
今目の前に広がる風景を見ると、あの頃と何ひとつ変わりはしない。
自分だけが変わったと感じる。
♪土手と空のあいだを 風が渡った
ようやく着いたようだ。馴染みの顔が見える。
ネクタイの結び目を少しきつく絞って、
列の最後に並んだ。
BGM:松任谷由実「ハルジョオン・ヒメジョオン」
1978年3月発売、結婚後初のオリジナル・アルバム『紅雀』収録曲であり、
同時期シングル・カットされた楽曲。「ハルジョオン」や「ヒメジョオン」が、
この時期に咲く花なのかどうかはわからないが、
昔住んだ多摩川の向こうのあの町の今日の風景が、
あまりに相応しかったので。